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最高裁判所第三小法廷 平成4年(行ツ)9号 判決 1992年4月07日

福井市八重巻中町二七の一五番地

上告人

細川恒夫

右訴訟代理人弁護士

吉川嘉和

福井市春山一丁目六番五号

被上告人

福井税務署長 釣谷光春

右当事者間の名古屋高等裁判所金沢支部平成三年(行コ)第一号青色申告承認取消処分等取消請求事件について、同裁判所が平成三年一〇月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人吉川嘉和の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論は、違憲をもいうが、その実質は単なる法令違背を主張するものにすぎず、原判決に法令違背のないことは、右に述べたとおりである。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)

(平成四年(行ツ)第九号 上告人 細川恒夫)

上告代理人吉川嘉和の上告理由

原判決には明らかな理由不備及び経験則違背があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。よって、民事訴訟法第三九四条により、原判決の破棄を求める。

一、原判決は、上告人(控訴人、原告)に対する本件青色申告承認取消等の処分(以下、本件処分という)を有効なものと判断した第一審判決を維持して、控訴人の請求を棄却したが、その理由の要旨は、結局、第一審判決を基本的に容認するものである。

1、青色申告承認処分取消は、帳簿「備付不備」を理由にするにしても、余りにも大きい不利益を与える。すなわち、専従者控除がなくなり、基礎控除(年額金三五万円)のみとなり、この控除金額では生活すら出来ないことは明らかであるからこの不利益は極めて大きいのである、従って、帳簿「備付不備」については一定期間を設けて帳簿「備付不備」の是正を求めるべきであるし、かつ、青色申告承認処分取消をするについては、一定期間経過後も是正が無いときは取消をする旨の事前警告が必要であるとの控訴人(上告人)主張は、法律に定めがなく、かつ、控訴人には青色申告取消以後白色申告していることや多くの人が白色申告していて十分生活できることからしても、全く理由がない。

2、憲法一四条ないし二五条違反の主張について

青色承認取消は控訴人の生存権を脅かすものであり、この取消については単に帳簿書類の不備などという形式的判断でなされてはならない、本件処分は控訴人の営業実情を無視しているものであり、零細業者が帳簿備付できる限度は控訴人程度が多いのであるから、本件処分は前記のように専従者控除がなくなることから控訴人のようにギリギリの生活を余儀なくされているとき、帳簿「備付不備」を理由とする青色承認取消が控訴人の生活を根底から破壊する恐れがあることは見やすい道理である、本件処分は憲法第二五条の生存権条項違反として取り消されるべきである、あるいは、このような場合、直ちに青色承認取消処分をすることは、控訴人と他の業者との間の不平等(経費率の著しい違いが出てくる)をもたらすものであり、法の下の平等原則違反でもある、すなわち、帳簿「備付不備」だからといって控訴人が同業者との競争に勝てないような不利益をもたらす本件処分は平等原則違反であるとの控訴人の主張は、いずれも前記同様に理由がない。

3、推計による更正処分についても「法律の定めるところにより納税義務を負う」という憲法原則に反し、「法律の定めがない納税」強制されるものであり、取り消されるべきである、なぜなら、推計による更正処分については所得税法には何らの規定がなく、実務慣行に過ぎない、このような処分は法の許容する限度を超えるものとして取り消されるべきである、また、仮に本件推計が許されるとしても同推計に合理性が無いときは許されないものである、本件推計は基本的な数値を見落して、不合理な推計をなしたものであり、到底許されない、よって、このような不合理な推計による本件処分は直ちに取り消されるべきであるなどという控訴人主張は、推計が法律に根拠を有するものであることは明らかであり、かつ、控訴人のように収入と支出が対応しない経費主張は許されないのであるから、到底採用に値しない。

二、原判決の前記各判示は、理由不備ないしは理由齟牾であり、かつ、経験則違反の事実認定と判断をなしており、破棄されなければならない。

1、前記1について

青色申告承認処分取消は、帳簿「備付不備」を理由にするにしても、余りにも大きい不利益を与える。すなわち、専従者控除がなくなり、基礎控除(年額金三五万円)のみとなり、この控除金額では生活すら出来ないことは明らかであるからこの不利益は極めて大きいのである。従って、帳簿「備付不備」については一定期間を設けて帳簿「備付不備」の是正を求めるべきであるし、かつ、青色申告承認処分取消をするについては、一定期間経過後も是正が無いときは取消をする旨の事前警告が必要である。また、同取消処分は、上告人が青色申告承認を取り消すだけの不当性のある行為をなしたという事情があり、同取消と上告人の不当行為との均衡が必要である。上告人は何をしたかというと何もしていないのである。僅かに帳簿「備付不備」があるが、このような帳簿例は実に多いのである。

これは多くの零細業者が適切に帳簿をつける機会を得られないからであるが、当該業者の仕事の忙しさと帳簿知識の不備を原因とするのである。本件取消は上告人の無知を非難し、帳簿「備付不備」などと難癖をつけてなされたものであり、極めて不当である。しかるに、原判決はこの点を考慮に入れず、本件取消処分を是認したものであり、破棄されるべきである。

2、前記2について

青色承認取消は上告人の生存権を脅かすものであり、この取消については単に帳簿書類の不備などという形式的判断でなされてはならない。本件処分は上告人の営業実情を無視している。零細業者が帳簿備付できる限度は上告人程度が多い。

本件処分は前記のように専従者控除がなくなることから上告人のようにギリギリの生活を余儀なくされているとき、帳簿「備付不備」を理由とする青色承認取消が上告人の生活を根底から破壊する恐れがあることは見やすい道理である。本件処分は憲法第二五条の生存権条項違反として取り消されるべきである。このような場合、直ちに青色承認取消処分をすることは、上告人と他の業者との間の不平等(経費率の著しい違いが出てくる)をもたらすものであり、法の下の平等原則違反でもある。すなわち、帳簿「備付不備」だからといって上告人が同業者との競争に勝てないような不利益をもたらす本件処分は平等原則違反である。

3、前記3について

推計による更正処分についても「法律の定めるところにより納税義務を負う」という憲法原則に反し、「法律の定めがない納税」強制されるものであり、取り消されるべきである。なぜなら、推計による更正処分については所得税法には極めて不十分な規定しかなく、多くは実務慣行に委ねられているに過ぎない。このような処分は法の許容する限度を超えるものとして取り消されるべきである。

また、仮に本件推計が許されるとしても同推計に合理性が無いときは許されないものである。本件推計は基本的な数値(建物の償却期間は素人でも間違う筈がない)を見落して、不合理な推計をなしたものであり、到底許されない。不合理な推計による本件処分は直ちに取り消されるべきである。

上告人の収入については、被上告人の推計による指摘は過大であるが、一応認めたのである。つまり、上告人の扱うものが電気製品という大企業製品であるだけに、被上告人が上告人の仕入をほぼ完全に把握していること、かつ、上告人の一部の仕入が上告人個人の仕入となっているが、実際は他人の仕入について名義貸しをやむなくされたのであるから、上告人の実際の仕入に基づく売上は被上告人の認定よりも少ないのであるが、上告人の帳簿には零細企業の仕事の忙しさからして全部の売上が記録しきれていない可能性があり、上告人の収入証明が困難なので、被上告人の推計による収入認定は過大であるが、これを一応認めることにしたのである。

上告人の経費については、被上告人が認定資料に利用した同業他社(被上告人はこの内容を明らかにしないが)は上告人の営業経費と比較したときその規模、内容がかけはなれているものを利用したとしか考えられず、凡そ比較の資料とするのは不適当である。

(被上告人の推計認定と上告人主張の各経費が掛け離れているとき、被上告人主張の同業他社を明らかにし、上告人が同業他社の数字を争う機会を与えられるべきであるが、被上告人がこれに応じないとき上告人の主張立証を真実とみなすべきである。)

そこで、上告人主張にかかる経費はその都度帳簿に記載したか、あるいは申告時に領収書等に基づき帳簿記載したものであるから真実に近いのであるが、これとても過少経費でしかないのである。すなわち、上告人の場合、経費帳簿の記載が不十分であり、一部の経費について記載がなく、また、上告人にも思い出せないまま、経費としては挙げられないことからして、どうしても過少な数字しか出せないのであるが、一応出したのが上告人が一審で提出した準備書面(昭和六二年九月一〇日付)添付の別表である。

上告人は上告人のような営業の場合帳簿記載に十分な時間をかけることは不可能であるが、出来るだけ正確に記載するよう努力したのであるから、また、上告人は帳簿を提示することに吝かでなかったのであるから、青色申告承認処分取消は、不当である。

上告人は、収入経費についての上告人主張が認められなくても(すなわち、被上告人の認定が一〇〇%正しいとしても)、減価償却費、借入利子の経費性については絶対に認められるべきであると考えている右二つは、被上告人の誤解により認定されなかったのであり、被上告人認定の不当性は、上告人が第一審で昭和五五年一〇月一七日付準備書面に記載したとおりである。

三、原判決のその余の問題点について

1、被上告人は、上告人の帳簿が不正確であることについて、いくつか指摘する。

上告人は、同指摘がほぼ正しく、上告人が依頼した法律事務所の担当事務員が上告人の帳簿からまとめるについての間違いであろうと考えている。しかし、上告人が本人尋問で指摘したように同間違いについて上告人は関与していないし、かつ、上告人の作成にかかる帳簿には被上告人指摘の二重記載は無いことである。そして、数量的に見ても二重記載は、さほど問題とされるほどのものでなく、後の経費記載は十分信用できるものである。

2、また、上告人が例えば交際費として記載した背広についていうと、上告人のような仕事のとき背広は特別の場合しか着ないというので交際費に挙げたというのは、上告人の生活程度や生活のパターンからすると当然のことであり、特別問題とされるべきではない。

特に、飲食費等の交際費は、無限に近く認められていることや上告人の場合、日常生活でも背広を着用することは殆ど無く、背広は仕事の上で例えば商品展示会などに着用するものであるから、営業経費のどれかに該当するのであるからして、この点でも問題とされるべきでない。

3、結局、原判決は、以上の二点だけでも経験則違反の事実認定をなしたものであり、破棄されなければならないことは明らかである。

以上

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